三英傑について~織田信長~からの続き
今回は豊臣秀吉編🐵
それで豊臣秀吉なのに何で画像が
ナポレオンなの?と言う話なのですがw
個人的にこの二人の人生って
似ているな~と思ったからなんですね。
低い身分からの成り上がり、
知略家で女好きのマザコン
無謀な対外戦争などなど...
そして何と言ってもこの二人の
強運のキーパーソンが[奥さん]
✨高台院とジョセフィーヌ✨
彼女たちは夫の裏方として
結構活躍しているんだよね。
高台院(ねね)は豊臣家の家政を取り仕切り
秀吉氏の腹心達(加藤清正や福島正紀など)
を育て上げたり🍀
ジョセフィーヌはナポレオンの
イメージアップ作戦に長けていて
美化した肖像画を描かせていたり
(アルプス越えや戴冠式)
余り社交的では無かったナポレオンに代わり
人脈作りに勤しんでいたり🍷
そんな感じで内助の功を
発揮しまくっていたんだけれども
晩年の秀吉もナポレオンも
自分の子供に拘る余り
高台院やジョセフィーヌを
遠ざけてしまうんだよね💦
子供の産めなかったこの二人より
晩年は淀殿や秀頼、
マリー・ルイーズやナポレオン二世の方を
優先する様に😍
そこからハッキリと秀吉とナポレオンの
転落が始まってしまうのである💧
朝鮮出兵やロシア遠征などの
無茶な対外戦争に🤕
秀吉やナポレオンの狂気じみた
親馬鹿っぷりが発揮された後継者問題
秀頼の為に後継者の甥の秀次一族皆殺し
4歳のナポレオン二世をゴリ押しで
フランス皇帝に即位させたり👑
(結局甥の三世が跡を継いだけど💧)
何だかこの二人晩年は息子の為に
狂っていった感が凄いんだよね💦
結局そんな父の願いも空しく
秀頼は燃え盛る大坂城と共に🔥
ナポレオン二世は人生ほぼ監禁状態で
最後は毒殺されたとも🍷
奇しくも二人共享年21歳。
そんな人生に
「むっちゃかわいそうじゃん😢」
との事でナポレオン二世の眠る棺を
パリのアンヴァリッドに眠る💤
父であるナポレオン1世の棺の隣まで
運んでくれたのが意外にも
あのヒトラーだったりする。
ちなみに秀吉&秀頼親子も
現在大坂城二の丸にある
豊国神社で一緒に祀られている。
それと晩年の高台院とジョセフィーヌだけど
エルバ島に流されてしまったナポレオンを
支援し続けていたのは他ならぬ
ジョセフィーヌだったんだよね💸
そのお陰もあってかナポレオンは一時的に
再び皇帝に返り咲くんだけれども👑
ナポレオンが帰還した時にはもう既に
ジョセフィーヌは...😢
そんなナポレオンの最後の言葉は
「ジョセフィーヌ...」だったと言う。
ちなみに秀吉の遺言は
「秀頼を頼みます。」
だったそうなんだけれど
そんな秀頼が大坂城で自害を決意した時
高台院は身の危険も顧みず
何とか秀頼を助けようと
大坂城に行こうとしたそうです。
(結局監禁されてしまったけれども💧)
徳川二代将軍秀忠とは仲が良かったので
(一時期お世話をしていた事がある🍀)
最後まで政治的にも秀頼の事を
守ろうとしていたんだよね😢
何だか秀吉&高台院と
ナポレオン&ジョセフィーヌには
お互いに大きな父性と大きな母性があって
それがお互いに支え合う事で上手く機能して
天下を取る位の大きな力となって
作用していたように思える。
だからどちらが欠けていても
駄目だったんだろうなぁ~と思う。
次回はコチラになります↓